歩
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since 2006/05/17
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「としろうちゃんあーそぼ!」
さちこの大声に振り向いたとしろうは真っ赤な顔で怒鳴った「何すんだよ!魚が逃げちゃうだろ!」
さちこは黙って隣に座ると頬を膨らませた。
「だって、うちつまらん。としろうちゃんだまって座ってるだけやん」
「それが釣りだろ。だまって座ってえものを待つんだ」
としろうは竿の先を見ていた。
さちこも渋々つまらなさそうに竿の先を見ていた。
「としろう、お前は笹田川のぬしを釣れるかのう。わしはよう釣らんかった。川のぬしはいつもかげだけ見せてくれるんじゃ」
去年の暮れにじいちゃんは死んだ。いつも孫との会話を心から楽しみにしていたじいちゃんは、会うたんびにこの話をとしろうにするのだった。
「耳にたこができたよ、じいちゃん!」
「なに?耳にたこができた?ならもうっとつくれ!としろう、きっとお前なら笹田川のぬしを釣れる!なんせわしの自慢の孫じゃ!わっはははっ!」
父さんや母さんに聞いても、じいちゃんは遠いところに行っちゃったんだとしか言わない。けど僕だって「死ぬ」ってことぐらいわかる。じいちゃんは土になったんだ。その土は草や花をを生やすんだ。だから僕はじいちゃんに会えないんじゃない!僕は今じいちゃんの上で座って釣りをしてるんだ!
「としろうちゃん?竿ゆれよるよ?」
さちこの声にはっとしたとしろうは大きく竿を振り上げた!手に竿の食い込む感触を噛み締めながらとしろうは叫んだ!
「やった!ぬしだ!やったぜじいちゃん!」
さちこもとしろうの興奮にあてられたのか、目をぱちくりさせ、としろうの腕を両手で強くにぎっている。
悠々と泳ぐ大きな魚のかげが見えた。大きな大きなかげ!
そのかげが現れた刹那、糸はぷつりと切れてしまった。風のなかをふらふらゆらゆらと舞う糸。
「糸‥切れてしもたねえ」
としろうはだまったままうなずくと、空を見上げた。
さちこは、にぎりすぎて赤くなったとしろうの腕をさすりながらとしろうのかげを眺めていた。
真っ赤な夕焼けが笹田川に写し出されている。
さちこの大声に振り向いたとしろうは真っ赤な顔で怒鳴った「何すんだよ!魚が逃げちゃうだろ!」
さちこは黙って隣に座ると頬を膨らませた。
「だって、うちつまらん。としろうちゃんだまって座ってるだけやん」
「それが釣りだろ。だまって座ってえものを待つんだ」
としろうは竿の先を見ていた。
さちこも渋々つまらなさそうに竿の先を見ていた。
「としろう、お前は笹田川のぬしを釣れるかのう。わしはよう釣らんかった。川のぬしはいつもかげだけ見せてくれるんじゃ」
去年の暮れにじいちゃんは死んだ。いつも孫との会話を心から楽しみにしていたじいちゃんは、会うたんびにこの話をとしろうにするのだった。
「耳にたこができたよ、じいちゃん!」
「なに?耳にたこができた?ならもうっとつくれ!としろう、きっとお前なら笹田川のぬしを釣れる!なんせわしの自慢の孫じゃ!わっはははっ!」
父さんや母さんに聞いても、じいちゃんは遠いところに行っちゃったんだとしか言わない。けど僕だって「死ぬ」ってことぐらいわかる。じいちゃんは土になったんだ。その土は草や花をを生やすんだ。だから僕はじいちゃんに会えないんじゃない!僕は今じいちゃんの上で座って釣りをしてるんだ!
「としろうちゃん?竿ゆれよるよ?」
さちこの声にはっとしたとしろうは大きく竿を振り上げた!手に竿の食い込む感触を噛み締めながらとしろうは叫んだ!
「やった!ぬしだ!やったぜじいちゃん!」
さちこもとしろうの興奮にあてられたのか、目をぱちくりさせ、としろうの腕を両手で強くにぎっている。
悠々と泳ぐ大きな魚のかげが見えた。大きな大きなかげ!
そのかげが現れた刹那、糸はぷつりと切れてしまった。風のなかをふらふらゆらゆらと舞う糸。
「糸‥切れてしもたねえ」
としろうはだまったままうなずくと、空を見上げた。
さちこは、にぎりすぎて赤くなったとしろうの腕をさすりながらとしろうのかげを眺めていた。
真っ赤な夕焼けが笹田川に写し出されている。
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「誰が恋人たちの夜と決めたのだ」男は呟いた。
男は20歳、恋人など人生で一度もできたことがない。もちろん人並みに恋愛に憧れるし、好きな人もいた。
保育園のとき、いつも一緒にお絵かきをしていたさっちゃんが好きだった。小学校のとき、クラスの学級委員長の早乙女さんが好きだった。高校に入り、隣のクラスの高嶺さんが好きだった。
そもそもクリスマスはキリストの誕生を祝うキリスト教の祭日である。その前日のクリスマスイヴを『恋人たちの夜』と決めたやつは誰であるのか、それが男にとって問題であった。一年に一度、どうしてこんなにも惨めな思いをしなければならぬのか。大体クリスマスイヴを恋人と一緒に過ごすという風習は日本だけのものなのだ!そう呟きながら日々は過ぎ、また今年もその日がやってきた。
当日、男は神社の境内にいた。クリスマスイヴの境内など誰もいるはずがなく、境内はいつにも増して静けさが漂っていた。ここなら心を乱されることもない。目をチカチカさせるイルミネーションもないのだ。ここあるのは、ただ口から水の出る竜だけなのだ。男は賽銭箱に小銭を投げ入れると、大きな鈴を鳴らした。低い音が虚しく境内に鳴り響いた。
おや?向こうに人影が見える。境内の掃除をしている巫女さんのようだ。ふっ、と男はその巫女さんに意識を奪われた。凛としたその佇まいに一瞬で男は見惚れてしまったのだ。男はふらふらとその巫女さんに近づき、声を掛けていた。
「すみません」
男はふつと意識を取り戻した。何をしているのだ。声を掛けてどうする?私は誰にも心を乱されないためにここにきたのだ。それに声をかけて一体何を話すというのだ?
一体どうすれば……!!?
「さっちゃん!?」
一年後のクリスマスイヴ。
男は呟いた「誰が恋人たちの夜と決めたのだ」
さっちゃんは微笑みながら答えた「さあ?でも…幸せよ」
男は20歳、恋人など人生で一度もできたことがない。もちろん人並みに恋愛に憧れるし、好きな人もいた。
保育園のとき、いつも一緒にお絵かきをしていたさっちゃんが好きだった。小学校のとき、クラスの学級委員長の早乙女さんが好きだった。高校に入り、隣のクラスの高嶺さんが好きだった。
そもそもクリスマスはキリストの誕生を祝うキリスト教の祭日である。その前日のクリスマスイヴを『恋人たちの夜』と決めたやつは誰であるのか、それが男にとって問題であった。一年に一度、どうしてこんなにも惨めな思いをしなければならぬのか。大体クリスマスイヴを恋人と一緒に過ごすという風習は日本だけのものなのだ!そう呟きながら日々は過ぎ、また今年もその日がやってきた。
当日、男は神社の境内にいた。クリスマスイヴの境内など誰もいるはずがなく、境内はいつにも増して静けさが漂っていた。ここなら心を乱されることもない。目をチカチカさせるイルミネーションもないのだ。ここあるのは、ただ口から水の出る竜だけなのだ。男は賽銭箱に小銭を投げ入れると、大きな鈴を鳴らした。低い音が虚しく境内に鳴り響いた。
おや?向こうに人影が見える。境内の掃除をしている巫女さんのようだ。ふっ、と男はその巫女さんに意識を奪われた。凛としたその佇まいに一瞬で男は見惚れてしまったのだ。男はふらふらとその巫女さんに近づき、声を掛けていた。
「すみません」
男はふつと意識を取り戻した。何をしているのだ。声を掛けてどうする?私は誰にも心を乱されないためにここにきたのだ。それに声をかけて一体何を話すというのだ?
一体どうすれば……!!?
「さっちゃん!?」
一年後のクリスマスイヴ。
男は呟いた「誰が恋人たちの夜と決めたのだ」
さっちゃんは微笑みながら答えた「さあ?でも…幸せよ」